7月、大企業でも珍しい就業規則の変更に踏み切った。性的少数者(LGBT)同士の事実婚を認め、結婚祝い金を支給する――。経営する金属加工会社は岐阜県関市の水田に囲まれた工業団地にあり、従業員は30人弱の小所帯。それでもダイバーシティー(人材の多様性)に目を向けるのは「生き生きとした町工場になり、創造力を生み出したい」と願うからだ。
米リーマン・ショック後の2009年、4代目として父から会社を引き継いだ。大手メーカーに金属部品納入を打ち切られた直後だ。8億円あった年商は一時2億5千万円に減った。
借入金を返すため、取引先の確保に奔走する日々が続いた。創意工夫は生まれず、賃金も引き上げられない。「会社も人も伸ばせない」と悩んだ。そんなとき採用した知的障害がある若者の働きぶりが、会社のあり方を考える契機となる。
若者は想像以上に生産性が高く、健常者を上回るほど数多くの部品を仕上げた。「もっとモノを作りたい」。その意気込みに、「様々な人がいる方が成長できる」と確信。若者や他の従業員の声に耳を傾け、金型の見直しなど生産体制を改善すると活気が生まれた。
多様性を求める素地は、大学卒業後の米国留学にある。「会社をすぐに継ぎたくない。他にも人生はあるのでは」と始めたニューヨーク近郊での生活。一時身を置いた白人の多い街で、「生活から生じる臭いが気になる」と苦情が何度か寄せられた。が、思い当たるふしはない。有色人種への偏見を感じ「均質すぎる社会は問題を生む」と学ぶ。
当時、印象に残ったのが、同性愛者が集まるマンハッタン島のクリストファーストリートだ。友好的で「人の感性に寄り添える人が多かった」。LGBTを採用できれば、きっと思いやりある視点を持ち込み、生産や開発に生きると思う。
彼らが働きやすい会社にするには。集会に足を運んだ。「面接を受けたいと思っても、履歴書に男女を記す項目があると二の足を踏む」。そう聞いて記載は不要にした。社内の全トイレの扉には、LGBTを表すマークとともに「だれでもトイレ」と表記した。
主要業務を男性が占めてきたが、来春には大卒女性2人が初めて新卒で入社する。いずれ海外営業や、情報発信を担う広報を任せるつもりだ。女性や、今後採用を目指すLGBTらが活発に働く工場が目標だ。
長男(20)に知的障害があることも縁で、障害者施設と組んで金属工芸品の制作を計画中だ。「福祉のためじゃない。ビジネスとして売れるものを出しますよ」。ちりばめた仕掛けは、いつか実を結ぶと信じる。
(参考)日本経済新聞